セカンドチャンスをつかむ

マイノリティの拳(林 壮一)という本があります。黒人ボクサーがチャンピオンになるまで、なった後、どのような生活・人生を送ったかが書かれた本です。

ここに伝説のプロボクサーである「ジョージ・フォアマン」が登場します。ジョージ・フォアマンは貧しい家庭で生まれ、子供の頃は手のつけられない不良だったそうです。しかしテレビで「君にもセカンドチャンスがある!」という職業訓練校のCMを見て、ボクシングに出会うのです。

ジョージ・フォアマンが一つ目のセカンドチャンスを得たのは子供の頃に見たこのCMがきっかけでした。不良として・ギャングとして育つのではなく、プロボクサーとしての道を見出すチャンスを得ることがでいたのです。

その後ジョージ・フォアマンはボクシングの世界チャンピオンになりますが、28歳の時に引退します。引退後は自分と同じ不良だった青少年を更生するために、宣教師となってユースセンターという施設を運営します。しかし、ユースセンターが資金難に陥り、38歳の時にボクサーとして復帰したのです。

しかし、高齢で復帰したフォアマンに対して、世間の目は厳しいものでした。

  • 「そんな体でボクシングなんかできるわけがない」
  • 「昔のボクシングは現代のボクシング技術には通用しないぞ」
  • 「マイク・タイソンと対戦して大金を要求したいだけだ」

などと言われるほどでした。

しかしフォアマンはそんな世間からの批判とは真逆に、24戦無敗という戦績で世界王座に挑むことになりました。が、世界王座の壁は厚く、1度目・2度目の挑戦は失敗に終わりました。しかし3度目の世界戦で見事KO勝利を納め、45歳9ヶ月の史上最高齢チャンピオンになったのです。

フォアマンは2度目のセカンドチャンスをこうして掴みました。

3年後、ジョージ・フォアマンは引退し、ビジネスの世界でも活躍します。フォアマンが宣伝をすることになった商品が大ヒットし、ビジネスでもセカンドチャンスをつかむことができたのです。そしてフォアマンの更生施設で1万人以上の若者が卒業して、不良やギャングにならずにすんだのです。

参考:【ジョージ・フォアマン】45歳で世界ヘビー級王者に返り咲いた伝説のボクサー

ジョージ・フォアマンから学ぶ「セカンドチャンス」

ジョージ・フォアマンはセカンドチャンスだけでなく、サードチャンス・フォースチャンスと3回もCHANCEをつかむことに成功しました

  1. 不良でギャングになるという道を脱却し、ボクシング世界チャンピオンに
  2. 45歳9ヶ月で中年ながらボクシングチャンピオンに
  3. ボクシングだけでなく、ビジネスの世界でも一定の成功を収める

このジョージ・フォアマンが掴んだセカンドチャンスは、アメリカでなくても日本でもつかめるはずです。また年齢や固定観念に囚われずにチャレンジすることがセカンドチャンスをつかむことに繋がると思います。

セカンドチャンスを多くの人がつかむために、年齢や性別、固定観念にとらわれずに活躍する人を増やすために、そんな思いでセカンドチャンスという屋号が生まれました。